ブロギングなう

毎日ブログを書けば文章力が上がるのかを検証中

祝・1周目終了。そして参考書の購入を激しく迷う〜統計検定2級なう②〜

どーも。統計検定2級、絶賛勉強中です。

最近は「ブログ」と「統計」を生活の最上位に置いて生活をしているせいか、鼻血が出るようになりました。(笑)人間、慣れないことはするもんじゃないですね・・・ 

ところで「また統計検定の話かよ~」と思われた方には申し訳ないのですが、ブログに勉強日記書くとイキイキするんだな、これが。

 

 

統計学入門』1周目終了

昨日、統計学入門 (基礎統計学)を読み終えました。正確に言うと、ページをめくり終えました。

統計学入門 (基礎統計学)

統計学入門 (基礎統計学)

ブログでカッコつけても仕方ないのでぶっちゃけますが。

この本、マジで意味わからない。これは日本語で書かれていますが、何を言っているのかWAKARANAI。Is this book written in Japanese?という問いがグルグル。

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ウウッ・・・見えたいのに見えない、まるで霧が目の前にあるような気分。

 

しかし、合格者から絶大な支持を受けていることは間違いないですし、amazonランキングの「統計法・人口統計・資源統計」の売れ筋ランキングで1位を取っているぐらいなので、この本が間違っている訳ではなさそうです(と自分に言い聞かせないとやってられないよ)。

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この本の内容が「薄っすら分かったかも・・・?」→「何か分かる気がする・・・!」→「めっちゃ分かるだけど~♪」となれば合格が近いかもしれませんね。

悪口ばかり書いてしまいましたが、時折登場する「コラム」は様々な統計の事例が出てくるので「こんな使い方あるんだ」と純粋に楽しく読めるので「いつかこの内容を理解して、自分でも知りたいことを分析できるようになりたい」と夢を膨らませています。

 

ハンバーガ統計学』1周目終了

そして本日は「ハンバーガー統計学にようこそ!(WEBページ版)」を終了しました。

ただし、1周目は「大枠を理解する」を目標にしていたので、サラ~っと読んだだけで計算はしていません。意味が分からなかった箇所は読み飛ばして翌日に読み返すという工夫ぐらいはしました。

色んな方が言っていた通り、統計学入門 (基礎統計学)と比べたら「ハンバーガ統計学」は「神」です。この私にも分かりやすい説明で書いてありますし、分かり易い日本語で書いてあります。

 

ハンバーガ統計学』を購入すべきか

そんなハンバーガー統計学にようこそ!(WEBページ版)」ですが、本はまだ購入していません。書籍代をケチって、ウェブページの閲覧で済ませています。

 

三種の神器iPhoneiPad、ノートPC」で閲覧してきましたが、ハッキリ言って。見にくい。ノートPCで見るとブルーライトで目がチカチカ。「図書館で借りる」という選択肢もあったけど、昔から図書館の本での勉強は自分には合わない。WEBページを全部印刷するという案は「本を買っで印刷する時間を節約する方が賢い」と思い却下。

 

統計検定の勉強は2級取得後も続けたいと思っているので、分かりやすい書籍は持っておくべきだ・・・と総合的に考えて買うことを決意。

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書籍代はケチるな

ところで書籍代。

これだけケチって買わなかったんだからよほどお高いんでしょ!と思ってみたら

 

1814円

 

唖然としました。おい、ちょっと高いランチと同じ値段じゃねえか。

高いランチなんて食べてないで我慢しろや。普段はこんな値段のランチは食べてないですが、ハングリー精神を忘れかけていました。

書籍代のために夕飯を持参のおにぎりと学食の50円味噌汁で済ませていた学生時代・・・

そして、 統計検定2級合格への道 ~30日チャレンジ~ で前回の試験の敗因の一つが「適切なテキスト選びができていなかった」を挙げたが、「テキスト代をケチっていた」というのも理由だったことを思いだした。

 

これはマズい、前回の二の舞だ。そう思っていたら姉妹書の「アイスクリーム統計学」もポチってしまいました・・・

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こうして目にも優しく、単細胞な私にも優しい言葉で書いてある参考書を手にした私は、2級合格への道をルンルンと歩いていくのでした。

 

つづく

(49/365)←365日連続ブログ更新の記録更新中

【映画】グッドライ ~いちばんやさしい嘘~ / あらすじ・感想

久しぶりに良い映画と出会いました。

www.goodlie.jp

「内戦」「孤児」、キーワードだけでも気が滅入りそうですが、この映画は、扱っているテーマが重いにもかかわらず、「絶望感」ではなく、未来を考えるための「希望」と「機会」を与えてくれます。内容が終盤に差し掛かると、目には薄っすらと涙が溜まり、エンドロールを迎える頃には「私にできることは何だろう」と考えていました。

先ず私にできることは「スーダンの内戦について一人でも多くの人に共有すること」だと思い、この記事を書きました。

 

 

スーダンの内戦

スーダンの内戦についてザックリまとめました。宗教が発端で起きた約21年間にも及ぶ内戦だったようです。
1983年、スーダン内戦勃発。1983年当時のヌメイリ政権が国政にイスラム法の導入に南部の非アラブ系住民が反発し、内戦へ。数万人の子供たちが両親と住む家を失い、孤児となった。スーダンの孤児は「ロストボーイズ - Wikipedia」と呼ばれている。
2000年、アメリカとスーダンが協力し、難民キャンプで育った3600人の若者をアメリカに移住させる計画を実施。
2005年、約190万人の死者を出したスーダン内戦終結
 

あらすじ

スーダン兵によって村に火をつけられ、親を殺された子供たちが、命からがら逃げるところから映画は始まります。そこから永遠と歩き、歩き、歩き続けること1256キロ。なんとかケニアの難民キャンプに辿りつきます。

1256キロって、フルマラソン約30回分ですよ。もっとザックリ言うと、広島から札幌までの直線距離と同じくらいです。

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こんなに長距離を移動したにもかかわらず、難民キャンプに到着すれば全て解決とはいきませんでした。その後13年間も難民キャンプで生活をし、成長した子供たち、マメール、アビタル、ジェレマイ、ポールは「難民キャンプで育った3600人の若者をアメリカに移住させる計画」によってアメリカへ行きの機会を手にします。彼らの行先はカンザスシティー。

 

ここまでが映画の前半で、後半はアメリカでの生活が描かれています。

カンザスシティーの職業紹介所で働くキャリーは、アフリカから到着したマメールと2人の仲間たちを空港まで迎えに行く。彼らは内戦で両親を亡くした、“ロストボーイズ”と呼ばれる難民たちだ。そつなく仕事をこなしてきたキャリーに与えられたのは、電話を見るのも初めての彼らを就職させるという、最難関のミッションだった。車に乗せれば一瞬で酔うし、牧場を見ると「猛獣はいますか?」と確認、面接では珍回答の連続で、なかなか仕事が決まらない彼らに最初はイラつくキャリーだったが、その成長を見守るうちに思いがけない友情が芽生え始める。 徐々に新生活が軌道に乗り始めたかに見えたころ、悪い報せが入る。仲間の1人が「いくら働いても誰にも相手にされない」と怒りと悲しみを爆発させて問題を起こし、警察に連行されてしまったのだ。そしてその事件は、アメリカ生活でマメールたちがひっそりと耐えていた痛みや不満を暴きたててしまう。 傷つかないで済むからと、他人と距離を置いて生きてきたキャリーが、3人を助けようと立ち上がる。
果たして、彼女の信じがたい決断とは──?
引用元:映画「グッド・ライ~いちばん優しい嘘~」公式サイト
 

感想

これが人間らしさ

映画前編(親と故郷を失った子供たちが難民キャンプを目指して歩いている部分)で印象に残っているのは、子供たちが木陰で座っている人に「ハイエナ除けの枝を拾ってくれ」と頼まれるシーンだ。この人は自分で歩いて枝を拾ってくることさえ困難で、死の間際なのは誰の目にも明らかだった。しかし、頼まれた通りに枝を渡すだけではなく、自分たちにとっても貴重な飲み物と食べ物を渡す。
 
これが「人間の優しさか」と思った。「貴重な飲み物と食べ物は、これから何キロも歩き続ける子供たちが食べるべきなのではないか」と思った自分が恥ずかしくなった。何でもゴールから逆算して、無駄なく、効率的に、を考えすぎていたのではないか。人間らしさを失ったら私は一体何なのかと思わずにはいられなかった。
 

アメリカって偉大だった(過去形)

2017年トランプ大統領が就任してからは「外国人は要らねえ~」という風潮が蔓延していますが、 この映画の主人公たちは難民キャンプで育った3600人の若者をアメリカに移住させる計画」によって、アメリカ行きのチケットを手にします。今のダメリカを念頭にこの映画をみると難民にとって都合が良すぎるストーリー展開に「この難民たちは実は騙されていて、人身売買されて過酷な環境で働かされるのではないか。だからグッドライというタイトルなのではないか」と思ってハラハラしながら見ていました。

ところがどっこい、この予想というか心配は良い意味で裏切られます。アメリカ人は、スーダンから来たばかりの彼らを決して「邪魔者」や「異物」として扱いません。もちろん映画なので脚色されている部分はあるかもしれませんが、一人のアメリカ人として周りから受け入れられている雰囲気がありました。

 

人の痛みが分かる人

職業紹介所で働くキャリーは、最初はロストボーイズに「仕事を紹介する」という普段通りの仕事をするつもりだった。しかし、彼らを知るうちに「難民」についてネットで調べ、彼らの過去を知り始める。ロストボーイズはキャリーに会った時から「引き離された妹」との再会を訴えていた。最終的にはその「妹」を彼らと一緒に住ませるために、キャリーの自宅を難民の受け入れ先にする覚悟を決める。

キャリーがここまで行動したのは、ロストボーイズが礼儀正しく懸命に生きようとしている姿に感化されたこと、彼らのことを詳しく知っていったことも理由に挙げられるが、キャリー自身が「人の痛みを分かち合える人」だったからだと思った。映画では詳しく語られないが、キャリーは2年前に妹をガンで亡くしている。人付き合いの良いキャリーであれば、キャリー曰く「ノーテンキな妹」とも仲が良かったはずだ。妹の死について「ガンで亡くなった妹の代わりになりたかった?」という質問に小さく頷いた。人の死の悲しみは2年では乗り越えられるわけもないので、キャリーにとっては、ロストボーイズが妹と会いたがっていることは他人事に思えなかったんだと思う。

もう一つ、気になったのはキャリーの家の汚さだ。ロストボーイズもドン引きの汚さなのだが、これは妹との死別によるショックでこのような状態になってしまったのではないかと思った。しかし、キャリーが自宅を難民の受け入れに相応しい場所と認可されるために大掃除を始める。このシーンは、キャリーが妹に関する悲しみから少し前進したことを表しているのではないかと思えた。 ロストボーイズのための行動が自分の前進にも貢献する。本当に人のためになることは、自分のためにもなる。

 

空腹の時に食べ物を分けられるか

「難民」はまだまだ沢山いるし、「内戦」は世界中で続いている。それにもかかわらず、昨今はヨーロッパ、アメリカ問わず「難民なんて邪魔だ。俺らの国を食いつぶすやつらだ」という見方が強まっている。そもそも日本は難民をほぼ受け入れていない。

「そんな人たちの面倒を見る余裕は私たちには無いんだよ!」と。

前述の「瀕死の人の人に出会う場面」を思い出したい。親も家も失った子供たちが、難民キャンプを目指すために、太陽がジリジリと全ての水分を奪っていく環境を身一つで何キロも歩き続けいている。そんな時に、あと何日生きれるか分からない人に飲み物と食べ物を分けてあげる。

 

家族がいる、家もある、電気もある、水道もある、冷蔵庫に2日分ぐらいの食料はある、テレビ・パソコンもある、iPhoneも持っている、そんな国に住んでいる人たち、私も含めて「人に分ける余裕」が無いのは何故なのか。

 

グッド・ライ~いちばん優しい嘘~ [DVD]

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(48/365)←365日連続ブログ更新の記録更新中

「世間話」が苦痛すぎるので「偽善者」は卒業します。

人と話すのは好きなはずだが、プライベートでの「世間話」が苦痛になってきた。

勘弁してください。So What?

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私は世間話が好きではない。世間話の多くは「近況報告、自慢話、愚痴」といった私が好まない類の話だからだ。

こういった話を勝手に聞かせてくる人も天敵である。

「俺の、俺の、俺の話をきけ~~~~♪」とふざけた口調で自分の話を始める。

お前の話は、何の意味があるのだ。

こう思いながらも「一応、興味は持とう」と純粋な心で相手の話に気持ちを寄せて、首をブンブン振って相槌をしたり、質問をしたりしながら相手の話を膨らませてしまう・・・。本当は興味のない話を聞いていくので苦痛だなのだが、どうせなら相手に良い気持ちになって欲しいと思ってドンドン話を引き出してしまう。相手には感謝されて、私は疲れ果てる。いつものパターンだ。

 

何を話せば良いのか分からない

相手の話を聞いていると突然「あなたは最近どうなの?」と聞かれる。「私は、なんだろうね・・・」と口を開くが、上手く答えられない。何故なら、他人の近況報告を聞く意義を見出せないし苦痛に感じているため、自分の近況報告を他人にする訳にもいかないのだ。

『相手は何を求めて私の近況を聞いてきたのだろうか。』そう思いながら話し始めるが、気付けば相手が自分の話を始めている。『私の話を聞いたとしても「そうなんだ」の一言で終了。「そうなんだ」の一言で終わるぐらいだったら、Twitterで呟くのと何も変わらないんだけど・・・』この人たちは何故、自分の話をスラスラと話すのだろうか。

「人との会話」と「独り言」の違いを考えたことがあるのだろうか。

 

こんな世間話に付き合うぐらいなら、一流の映画監督によって作られた映画を見た方が100倍面白いし、学びもある。考え方を豊かにしてくれる。

こう思っているうちに「世間話」がとことん苦痛になってしまった。

 

「偽善者」を卒業する

とまあ、世間話をする人を「悪」としてしまったが、そもそも「人の話を聞いてしまう。しかも相槌を打って質問までしてしまう私」に落ち度がある。無理をして人の話を聞く必要なんてないのに。「良い人」だと思われたかったのだろう。もしくは「話聞いてもらってスッキリしたよ」この言葉に自分の存在意義を感じていたのかもしれない。しかし気付かぬ間に、想像以上に自分を苦しめていた。

 

心の底から面白い人とだけ話すし、面白いと思ったブログだけ読む。

自分に正直になって、自分が幸せであることを後ろめたく感じるのはやめよう。

 

「今までの自分」との決別は、そう簡単ではなかった。今まで「偽善者」であった自分を否定する様にも感じたから。 ただ思い切って卒業してみたら、心が軽くなった。

 

(47/365)←365日連続ブログ更新の記録更新中

学生時代と同じノリで勉強できると思ったら痛い目にあった〜統計検定2級なう①〜

統計検定2級への勉強日記を書きます。

誰トクの記事なのか。4か月後に合否が出た時に価値を持ち始めると思っている。

合格の場合 ・・・2級の勉強を始める人のモデルとして有効
不合格の場合・・・自分の勉強方法の問題点を振り返る際に有効

せっかくなら合格して他の人にも役立つ記事にしたい、そう思いながら書いていきます。

 

 

30日チャレンジの進捗と評価(前編)

15日前の私はこんなことを言っていました。(もはや他人事)

合格への手始めとして、先ずはこれから30日間は必ず1時間、統計検定の勉強時間を設けます。勉強の内容、参考書は特に問わず、時間にだけ着目し、TimeLoggerで記録。

統計検定2級合格への道 ~30日チャレンジ~ - ブロギングなう 

(・_・D フムフム

・・・

ごめん、無理だったわ。

 

前述の目標を項目ごとに分解し、達成度を評価。

aTimeLoggerを使って勉強時間を記録する

100% これだけ難なくクリア

・毎日、統計検定の勉強する

→80% 11日、12日、14日を除いた12日間は少なくとも4分以上統計に触れてました。

・1日、1時間統計検定の勉強をする

→68% 合計学習時間は10時間7分だった。本来であれば15時間になるべきところ。

・勉強の質を問わず、時間確保を優先する

→80% 感覚値だが、自分の理解度を気にしてズンズン進めなかった気がする。

 

<aTimeLoggerでの勉強記録詳細>

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大学生の時は「やる気が無かった。しかし時間が溢れていた」一方で社会人になると「やる気はある。しかし時間が足りない」

世の中ってさ、本当に上手くできてるわ~(棒)

 

一番苦しい時期ですわ(確信)

 
スポーツでもゲームでもなんだってそうだった。
初めたばかりが一番つまらないし一番苦しい。
野球であれば「永遠に当たらないバッティング」、水泳であれば「水かきやバタ足の練習」、歌であれば「発生の練習」、ゲームも最初はルールが分からず「直ぐにゲームオーバー」になる。
 
最初はなんだって「何故やらされているんだ」としか考えられない程つまらなかった。
 
だけど今では、バッティングセンターで楽しめるぐらいは打てるし、水泳もまあまあ楽しく泳げる。歌も自己満足だが歌っちゃうし・・・ゲームはやっている意味が分からずやめたけど(笑)
 

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そう!やっぱり初めが一番きついはず。
今はずっと教科書を読んでいるが、何も理解できずちんぷんかんぷん。でも読み続ける。きっとちんぷんかんぷんでも読み続けることに意味があるはずだから。
 

実はちょっと前進しているかも

2週間前の私が1か月前の私を振り返った時にこう言っていた。
実はここ2週間、勉強しなきゃと思いつつも1回も勉強できずにいた。仕事から帰ってくる頃にはもうヘロヘロなのです。おまけにブログも書いてるし。

 さっきの達成度の評価で振り返った通り「1日、1時間統計検定の勉強をする」という目標をクリアすることはできなかったが、全くダメだったわけではない。

1か月前の私は1秒も勉強してなかったのに、今回は10時間7分勉強しているではないですか!こう思うと大進歩。

 

認識できない次元で「前進しているはずだ!」と思い込める気がしてきました。

思い込んでしまえばこっちの勝ちです。

 

やる気出てきた

やったぜ!ブログ書いてたらやる気出てきたぜ。
 
とはいえ、実は、ブログの毎日更新が重荷で統計の勉強ができないんだ!!!ブログは悪だぁああと思っている時期があった。
 
「19時前後に仕事が終わる→帰宅→夕飯→風呂→ブログ作成→もう24時だ、明日の仕事のために寝なきゃ(パタン)」
私が勉強できないのは、全部ブログのせいだああ!!!とブログのせいにしていた。
 
でも、自分の時間の使い方を少し見直したら無理じゃない気がしてきた。
時間の使い方はまだ模索中なので、「30日チャレンジの進捗と評価(後編)」でなんらかの発見を報告できたら、と思います。
 
 
この記事を読んでくれている人で、統計検定2級勉強中の人います?難しいけど、一緒に頑張りましょう\(^-^)/
 

(46/365)←365日連続ブログ更新の記録更新中

 

 


「デキるは楽しい」あえて簡単なことに取り組んで、成功して喜ぶことの意味と効果(子供の教育、自己啓発)

大学生の頃、都内の某個別指導塾でアルバイトをしていた。

一人一人のレベルに合ったキメ細かい指導がこの塾の売りで、週に1回、約90分の授業の月謝がバカ高いことでも有名だった。高い月謝に見合うように「生徒には絶対に良い点数をとってもらいたい」という一心でアルバイトをしていた。

 

そんな私が担当したのは、数学のテストで毎回20点を取るような生徒や、英語のテストで安定して40点しか取れない様な「クラスの平均点を壊滅的に下げている生徒達」だったが、半年後には学校のテストで安定して90点を取るようになっていった。

 

私の教え方が特別だったわけではないが「生徒に自信を持ってもらうための演出」には一番気を使った。

 

小さな成功体験が大きな成功体験に繋がる

 

塾長が毎日呪文のように唱えていた言葉だ。

「生徒には小さな成功を体験させてあげてください。小さな成功体験が大きな成功体験に繋がります。」

何年も前の出来事なのに今でもハッキリと思い出せるぐらい、塾長は毎回この話をしていた。もはやこの話しかしていなかった。

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塾での「小さな成功体験」を演出するポイント

・授業の初めに必ず確認テストをする

・確認テストの出題範囲は前回の授業で学んだ内容のみ

・発展問題ではなくて基本問題を出すこと

・生徒が90点以上取れる確認テストを作ること

確認テストで80点以上取れていたら絶対に誉めること

 

子供だましの様にみえるかもしれないが、塾長の教えを守って確認テストを実施。丸付けの後は「スッゲーーーー!!!ちょーーすげーじゃーん!」とアホみたいにアゲアゲしていたら、生徒の意識が変わっていく様子がよく分かった。

 

子供にもプライドあります。人間ですから

低得点を連発している生徒はそもそも「自分が数学のテストで80点をとる姿」を全く想像できていない。「自分なんかどうせだめだ」と思い込み、少しでも点数を上げるための努力を全くしない。なぜなら今までも彼らなり十分に努力してきたのに、低い点をとり続けているので、「自分は頑張っても点が取れない。他人よりも能力が低い人間なんだ」と思い込んでしまっている。※決して能力が低いわけではなく、努力の方法を間違えているだけだったりする。

だから段々と「能力が低いので頑張っても良い点取れない」ではなく、「やってなかったから良い点取れない」という状況を作って「能力の低い自分」に気付かない様に自分のことを守っていたのだと思う。

だって「自分って頑張っても結果出せない能力の低い人間なんだ」と思わされることって、色んな経験をしてきた大人にも耐えられないことじゃないですか。

こういった「自信を喪失している生徒」に「小さな成功体験」を演出してあげることは。絶大な効果を持っていた。

 

本当に簡単な確認テストをつくる。本音では「これ、中2じゃなくて小2の問題だろ」と思っていた。そして、生徒が正解すると全力で誉める。「スッゲーじゃん!前の授業内容、ちゃんとできてる!!これは、半年後には80点取れる勢いだわ!間違いないわ~」と新興宗教の様に生徒の頭に「80点」という単語を刷り込んでいく。

するとどうだろうか。

最初のうちは「この調子だったら絶対に80点取れるよ!(ニッカニカ~)」と言うとナニこの人、頭イッてるの?と言わんばかりの困り顔をされる。

生徒が「いや、80点はちょっと・・・」と言うので「じゃあ何点目指す?何点目指しちゃう?50点?もう一声いってみようか。60点!?60点いいね!!!」実際に60点を取ってしまう。

「この調子だったら、次は間違いなく80点だわwwwwすっごいよね、数か月前20点だったんだよ?やればできるじゃん。先生、嬉しいな \ (^-^)」そして何度もこのやり取りを繰り返しているうちに生徒自ら言う「次は80点目指したいです」。

洗脳に成功した。

ごめん、今気づいたけど、これ完全に新興宗教だったわ。

神ではなく、自分を信じる宗教だ~。

 

「小さな成功体験」の演出は自分に対してもできる

ここまで読んでくれた人は何が言いたいか分かっていただいただろう。

「あえて簡単なことに取り組んで、成功して喜ぶ」そして、そこで「満足」して次の成長のための努力をしない人は紛れもない愚か者だ。

 一方で「簡単なことでの成功体験」から得た自信を基に、次は「少しだけ簡単なこと」→「少し難しいこと」→「難しいこと」→「すごく難しいこと」へと取り組んでいくことって素敵。

 

新興宗教だったとしても良いじゃないですか。

幸せになるんだから。

 

私は「絶対に自分は早起きできない」という呪いを自分にかけていたので、この記事を書いているうちに改めて参考に「早起きする」を諦めずに実現するための正しい努力をしようと思いました。 


 

(45/365)←365日連続ブログ更新の記録更新中

 

前述の数学が20点しか取れなかった生徒が大学にも進学したと聞いた時は本当に嬉しかった。大学受験で数学は全く使っていないが、中学レベルで赤点を取り続けていた彼が高校数学に取り組んで無事に卒業したかと思うと感無量だった。

 

【就職活動・ES】大手企業志望者必見!きちんと書いたのに何故か落とされる「学生時代に頑張ったこと」8割の学生はココが抜けている。例文では学べない書き方のポイント。

この記事は「学生時代に頑張ったこと(力を入れたこと)」を書く際のポイントをテーマにしています。

「学生時代に頑張ったこと」を書いてみたけど、きちんと書けているのか心配、ルールに基づいてきちんと書いたのにインターンシップで落とされた、なんて人に向けです。

 

ちなみに前置き(心の叫び)が長いので、時間が無い人は目次の3に進んでください。

 

 

 

前置きA.「学生時代に頑張ったこと」を書いたことが無い人へ

「ESの書き方が全く分からないよ~。何も書いたこと無いよ」という人はこの記事を読むには100万秒早いです。

これらの記事を一読して、適当に「学生時代に頑張ったこと」を書いたら戻ってきてください。60点ぐらいの出来で大丈夫です。

簡単!「学生時代頑張ったこと」の書き方の7つの秘訣【例文あり】 | 賢者の就活

40社中39社通過した私のエントリーシート【学生時代頑張ったこと】

 

 

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前置きB.「学生時代に頑張ったこと」を読んでいるとインコになる

前置きはまだまだ続きます。

この時期になるとほぼ毎日の様に大学生のESを見ますが、ほとんどの人が同じところで躓いているので、同じ様なFBを何度も何度もしています。

 

「またココが抜けてるよ・・・」

「この子も・・・」

「うわ、こいつも・・・」

ああああああああ

っやあdふぁいおうぇ

あqwせdrf

あqwせdrftgyふじこlp;@

 

フィードバックを予め録音しておいて、大学生にESを渡された瞬間に再生して昼寝したいです。もしくは、紙一枚にまとめて、無言でトントンって示して昼寝するか。

毎回毎回同じことを言わされるので、就活ピーク時期はインコモードに突入します。

正に拷問です。

勘弁してください、私は人間です。

違うことを話させてください・・・

お願いします・・・

 

そろそろ、この現象に名前を付けましょう。

(仮名)「オモヌケ」

この現象に名前が付けば、このミスを犯す人はいなくなるとはずです。

(最後までこの記事を読んでもっといい名前を思いついた人はコメントに残してください。センスの良い名称は私が生み出したことにするので。)

 

こういった事情から、同じところで躓く学生を一掃して「人間らしく自由に言葉を発したい」そう思ってこの記事を書きまます。

 

やっと本題です。

 

8割の人が書けていない「思い」

結論から言うと、「学生時代に頑張ったこと」に「自分の思い・考え方」を書いていない人がほとんどです。

 

前述のサイトでも当たり前の様に「自分の思いや考えを必ず書きましょう」と書いてあります。どの就活本でも必ず書いてあります。

 

巷にあふれるESの書き方に従って書き上げる頃には「それらしいもの」が完成します。

 「①●〇を頑張りました。→②~という課題がありました。→③~という行動をして→④課題を解決してこんな風になりました→⑤貴社でもこの経験を活かしたいです」という具合です。

あまりにも「それらしい」ので、「思い」や「考え方」が抜けていることには気付かず「オッシャできたぜーーー/(^ ^ )/」と思ってしまう気持ちも良くわかります。

  

企業が知りたいのはあなたの「人柄」

※ここでの「企業」は所謂「大手企業」を指します。

 

少し遠回りに見えるかもしれませんが、

そもそも、企業が「学生時代に頑張ったこと」を質問する理由は何でしょうか。

ズバリ「人柄」を見るためです。 

「お前はバカか!企業が知りたいのは、この人がどれだけスゴイことをしたかだろ?」という方に説説明します。

 

もちろん、「何をしたのか(スバラシイ実績)」も見ていますが、実績を一番に見たければ、箇条書きで済むはずです。

・●〇大会で1位になりました

・〇●を開発しました

・サークルの新歓で昨年比5名増に成功しました。

・アルバイトのカフェで接客満足度を上げることができました。

 一部外資系企業や特定の業界・企業では「人柄なんかどうでもイイ、汚いことでもなんでもして結果を出せばいい」というところもあるかもしれませんが、稀です。特に日本の新卒採用では、「何ができるのか・何をしてきたのか」よりも「人柄」を見られます。

 

リクルートさんが企業からとったデータにもはっきり示されてます。

企業には「採用基準で重視する項目」を(中略)尋ねたところ企業が重視する項目の上位は、「人柄」(93.0%)、「自社への熱意」(79.0%)、「今後の可能性」(68.4%)となった。

引用元:p.20『就職白書2016 』~冊子版 PDF~

 こうハッキリ言ってます!

面接では多くの学生が自分の経験をアピールするが、企業は経験そのものではなく、経験を通して人柄や今後の可能性を知ろうとしていることの表れともいえるだろう。

引用元:p.20『就職白書2016 』~冊子版 PDF~ 

 

繰り返しになりますが、企業が200文字~400文字でわざわざ文章を書かせるのは、「人柄(どんな人なのか)」を知りたいからです。

そして「人柄」を伝えるために必須なのが行動する際の「自分の思い・考え方」です。

 

企業は何故、就活生の「人柄」を知りたいのか

仕事をするのに人柄を聞くのは何でだろう?

至極当たり前の疑問です。

「人柄よりも能力だろう!」

もっともな考え方だと思います。

 

しかし、一般的な「日本の大手企業」は新卒の社員が仕事ができるという期待を一切していません。

グローバル化によって日本企業のこういった風土が失われつつある、とニュースなどで言われていますが、そうは言っても依然「新人は3年ぐらいかけて育てる」と考えている企業が多いことが事実です。

 

仕事については入社したら教えてやるので、入社時の「能力」は問わない

 

その代わりに

・「能力」を身に着ける素養はあるのか、

・教えたら伸びる可能性はあるのか

・1,2年目で仕事で辛い場面が訪れても止めずに続ける根性はあるのか

などの「人柄、キャラクター」を重視して、人を見る傾向にあります。

 

人柄を表す「自分の思い・考え方」

「学生時代に頑張ったこと」を書く際に【自分の思い・考え方】を書いていない状況を「オモヌケ」と呼びます。今さっき決めました。

「オモヌケ」が起こる理由として一番考えられるのは、「自分の思い」がその人にとっては「当たり前すぎること」だからです。「(自分にとって当たり前すぎる)思い」だからこそ気付けないし、書けない。

だって当たり前すぎてワザワザ書くななんてバカバカしいから。

 

しかし、よくよく考えてみると「自分にとって当たり前すぎる思い・考え」こそが自分らしさであり、人柄を示しているのです。

 

では、当たり前だから気付かない「思い」に気付くにはどうすれば良いのでしょうか。

無理じゃないかって?

難しいかもしれないけど、無理ではない。

 

 自分の「思い」に気付く方法 

例えば「学生時代に頑張ったこと」はこういった流れでよく書かれている。

 「①●〇を頑張りました。→②~という課題がありました。→③~という行動をして→④課題を解決してこんな風になりました→⑤貴社でもこの経験を活かしたいです」

これでは「オモヌケ」なので、インコモード発動です。

 

そこで「自分の思い」に気付くために、「学生時代に頑張ったこと」について以下の様に「自分に質問」してみてください。

 

Q.「①●〇を頑張ろうと思った」もしくは「②~という課題」に取り組もうと思ったのは何故ですか?

 

・サークルがテーマの場合

たかがサークルなのにそこまで力を入れようと思ったのは何故なの?だって、サークルの他のメンバーはその課題に無関心だったわけでしょ?しかも給料出ないんだよね?

 

・アルバイトがテーマの場合

学生の本業は学問することなのに、たかがアルバイトでそんな工夫しようと思ったのは何故なの?。だって、給料上がるわけじゃないでしょ?他のアルバイトは適当に流していたでしょ?わざわざそういう行動するの面倒じゃない?なんで放っておかなかったの? 

 

・ゼミの「とあるグループワーク」がテーマの場合

そのテーマにそんなに必死になったのって何で?周りのやる気ない人にも声掛けしてたのは何で?行動しない人なんて無視して自分の意見通せば良かったんじゃないの

 

・???がテーマの場合

何でそんな活動頑張ろうと思ったの?学生って遊んでれば幸せじゃないの?無給だったの?それやる意味って何?

 

現時点で思いつくのは、自分への質問はこんなところです。一般的には「何故を5回繰り返してください」と言われるものですが、「一体何に対して何故を5回繰り返すのか分からないよ」と言う人が多かったので、具体的に書きました。

普段、私が大学生の相談に乗っている時も「自分の思い」に気付いてもらう際も「ただ何故?」と質問するというよりは、「そんな程度のものを~しようと思ったのはなぜ?」とか「~ごときで」という調子でワザと喧嘩を売っています。決してインコモードにさせられたイライラを爆発させているわけではありません。

 

では、この質問をした時にどんな答え(思い・考え)が返ってくるのでしょうか。

~を頑張ったのは・・・・

・周りに迷惑をかけたくないと思ったから

・人に負けるのが悔しかったから

・途中であきらめるのが嫌だったから

・~が苦手な自分を変えるため

・この目標自分にとって~なので、何が何でも乗り越えたかったから

・任されたからには~しようと思った

・先輩に優しくされたので今度は自分が~と思って~した。

 

これは私が今まで大学生に質問をして返ってきた回答のほんの一例です。

「アルバイトですけど~したいと思ったんですよね

「面倒だとは思わないです。だって~な状況が嫌だったから(つまり~な状況を良くしたかった)」という調子で「思い」を語っている大学生に問いかけます。「ソレがあなたがその行動をとった時の思いですね?人柄ですね?あなたにとっては当たり前でも周りの人はそう思ってなかったから行動してなかったんですよね?それがあなたらしさなんじゃないですか?」と全力で連呼します。(ゼエェゼエェ)

 

返ってくる答えの多様さに気付いたと思いますが「思い」は人それぞれですし、「この思い」が一番優れているなんてものは決まっていないと思います。

 

例えば「周りに迷惑をかけたくないと思ったから」という思いの場合は、一見主体性が無い、後ろ向きな思い・考え方のように見えますが、「迷惑をかける(自分が不得意な分野での活動)」立場であってもその状況から脱するために行動できる人であることが分かります。会社では、何も自分が得意な仕事ばかり振られる訳ではないですし、新人なんて知らない仕事(不得意な仕事)しか振られない立場なので、「不得意な分野でも皆に迷惑をかけることは悪いと思って自分から行動できる人なんだ」という点は十分評価されると思います。

ただし周りに迷惑をかけたくないと思ったから」という表現が気になる人は、表現の方法を工夫した方がいいです。例えばチームの一員として、自分も貢献したいと思ったから」と変更するなど。

先ずはありのままの「自分の思い」を出す。「自分の思い」がネガティブに見えて気になるのであれば、嘘ではない範囲でポジティブな表現にすればOKです。

 

周りに迷惑をかけたくないと思ったから」の水準が「普通以下(例:飲食店のアルバイトで飲みものをこぼす自分を改善した)」の場合は普通に減点されるので、マイナスをゼロにした話ではなく、最低でもゼロをプラスにした話が対象です

<復習>オモヌケを確認する

「学生時代に頑張ったこと」を一旦書き終えたら、オモヌケ(思いが抜けている)になっていないか確認してみてください。

 

「①●〇を頑張りました。→①‘なぜなら~という思いがあったからです→②~という課題がありました。→③~という行動をして→④課題を解決してこんな風になりました→⑤貴社でもこの経験を活かしたいです」この様に

①と②の間に先程の方法で気付いた自分の「思い」を押し込めば、完了です。

 

 コレでオモヌケからおさらばです。

人柄をしっかりと伝えて、自分がどんな人間かを分かってもらいましょう!

 

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※「ESの書き方に正解はない」ので本記事はESの書き方の一つとして参考にしてください。

美容師のダイさんをなぜか信頼し、崇拝してしまう。「仕事への姿勢」にヒントがあった。

私が唯一信頼する美容師さんで、心の中では神と崇めている「ダイさん」の話を書く。
 
3年前にダイさんに会うまでは良い美容師さんに出会えず、美容院を転々としてきた。
今までの美容師さんとダイさんの違いはなんなのか。
なぜ、ここまで崇拝してしまうのか。

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先ず、美容師として高い技術力を持っている。同じ髪型でもダイさんに切ってもらうと髪型が崩れることなく綺麗なまま長持する。「6000円 のカット」なので安くはないが、切ってもらう時に圧倒的な安心感がある。
 
技術力に止まらず、私のことを良く理解してくれる点が他の美容師との決定的な違いだ。
私は本当はオシャレになりたいのに、オシャレセンスが無いため「どんな髪型にしますか?」という質問に「清潔感があるカットなら何でも良いです」と答えてしまう問題を抱えていた。すると美容師は一瞬困った表情をし「もったいないですよ~、こんな髪型とか流行なんですけど、どうですか?」と言う。オシャレになりたいけど、どうすればオシャレになれるのかが分からない私にとって、流行りの髪型を勧められても何の解決にもならなかった。そして、このやり取りが嫌で美容院に行くのも嫌だった。
 
しかし、ダイさんは違った。「ヘアカタログを仕方なしにペラペラとめくって困っている私の姿」から察してか、 一番似合いそうな髪型を提案してくれる。こうしてカットしてもらった髪型は周りからも大好評。おかげで、髪の毛を切る度にとても良い気持ちになるし、美容院に行くことが楽しみになった。何よりもダイさんに勧められるままにカットしてみることで「自分に似合う髪型」に気付くことができた。
もし、ダイさんに「モヒカン似合うと思おうよ」と言われたら3秒だけ悩んで「じゃあ、お願いします」と答えてしまうかもしれない。
自分でも戸惑うほどの信頼を寄せており、新興宗教の領域に達していると自覚している。
 
そもそも美容院は「髪の毛を切りたい、こんな髪型にしたい」という問題に対して、「髪型を整える」という解決をすることで商売が成り立っている。ダイさんの場合はこの基本的な問題解決はもちろん、 「私の問題(=オシャレになりたいけど自分に合うオシャレな髪型が分からない)」に対してもベストな解決をしてくれた。これが普通の美容師との違いであり、安心して任せられる、信頼できる美容師だと感じている理由だと思う。
 
ダイさんの仕事への姿勢は是非見習いたいと思う一方で、信仰はほどほどにしないとこのままだと丸刈りにされるかもしれないという危機感すら覚える。
 

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