ブロギングなう

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【オランダ・旅行】アムステルダムでナイトクルーズ

訪問日:2016年1月8日(金)


アムステルダムの運河クルージングのレポです。

料金は€30前後

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ナイトクルーズのチケットはアムステルダム駅近くの運河沿いで販売しています。
いくつかの会社が運営しているので微妙に値段は異なりますが、通るコースは同じだと思います。(適当)


年末に一度、18時過ぎにチケットを買いに行ったところ長蛇の列ができていたので、リベンジ。
オランダの冬は余裕で0℃下回るので、日の落ちた寒い場所で列を並ぶことは避けたい。

 

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早々にチケットを入手し、16:30頃にはクルーズスタート。冬の時期であれば、ちょうど日が沈み始める時間帯です。

 

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「少し早かったかな?」とも思いましたが、どんどん暗くなっていき、夕暮れの景色も楽しめてお得でした。

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座席は指定されていないので、チケットの時間の少し早くから並んで好きな席を取るのがお勧めです。

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私たちは前から3番目ぐらいに座りましたが、一番前の席であれば前の視界も良好だったに違いないです。

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ごちゃごちゃ書きましたが、右側、左側問わずに楽しめる様にライトアップされているので、そこまで神経質になる必要はありません。

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写真よりも実際に見た時の方がもっと綺麗だった。



ここ最近、冬になると開催される「Light Festival」のお陰で運河の周りは、建物の明かりだけではなく色んな形をした照明がたくさん。

 

 

時間があればぜひ乗ってみて欲しいです。
冬は日が落ちるのが早いので、遅い時間帯に外で遊べる選択肢は限られています。

 

f:id:ujin11:20170826174210j:plain75分間のクルーズを楽しみました。

 

「ナイトクルーズ」という名前から期待も高まりますし、凄く良い思い出になること間違いないです。

アムステルダムを訪れる際はぜひ調べてみてください!

 

(236/365)←365日連続ブログ更新の記録更新中

「親の期待に応えられない。疲れた」というあなたはきっと真面目で良い人。しかし、「結婚・孫が見たい」「勉強・英語」など、大きすぎる期待には「応えない」という選択も有です。

今、とても悩んでいて、疲れていませんか。

「親の期待」に応えられない、「親の期待」に応えたくない。

 

薄っすらと気づいています。

自分の本音に。

「息苦しい。親の期待なんて無視したい。自分の人生を歩みたい。自由に生きたい。」

 

ゆとり世代の私と友人の会話は「親が〇〇を望んでいるけど、正直しんどい」といった話題が男女関係なく、頻繁に出てきます。「早く孫を見たい」という親の何気ない発言に苦しんでいる人は珍しくありません。

 

「良い大学に行ってほしい、結婚してほしい、英語を話せるようになってほしい」こういった、一見まともに見える「親の期待」、しかし息苦しい「親の期待」にどう向き合えばいいのでしょうか。

 

親の期待に応えるのは何故?

あなたを苦しめる「親の期待」、さっさと無視すればいいのでは?

「疲れる」「大変」にも関わらず、応えようとするのは何故でしょうか。

 

「恩返しをしたい」「メリットを感じる」「生きるために必要」という3つの理由があります。

 

恩を返したい (意識している)

特に大学まで入れてもらった場合や金銭的に余裕がない環境で大切に育ててもらった場合、強く思います。

「良い親」に育てられたので、「良い子」に育とうと意識する。

「莫大のお金」「膨大な時間」「無限の愛情」を注いでくれた両親に「恩返ししなきゃ」と思い始めることは至極当たり前です。

 

メリットがある (意識している)

「親の期待」は、私たちを苦しめるだけではありません。ほとんどの場合は、メリットがあります。

「礼儀正しい行動をして欲しい」「良い大学に入って欲しい」「運動も得意であってほしい」といった「親の期待」に応えることは「大変だった、辛かった、でも今の自分がいるのは親のおかげ」と思う人は多いです。

こういった経験の積み重ねによって、「親期待に応える=自分にメリットがある」という式が刷り込まれています。

「苦しいけど自分のためになる気がする」ので、努力してしまいます。

 

生きるために必要だった(無意識)

子供にとって親は無くてはならない存在です。

やりたくない勉強も、やらないと怒られる。怒られる結果、嫌な思いをする。最悪の場合は制裁として「夕食抜き」なんてこともあります。

嫌だと思いつつも、親の言うことを聞かざるをえない。

 

親の期待に応えるしかない環境が続き、「親の期待は応えなきゃいけないんだ」と思い込んでいるパターンもあります。

 

親は何様?

いきなりですが、親は何故私たちに期待をするのでしょうか。

 

「ご飯を食わせてあげているの。あなたも一流企業を目指して勉強頑張って。」

「今まで育ててもらった恩を感じないのか。ちょっとは親の期待に応えろ」

こういう風に見てみると、図々しく見えませんか。

 

私たちは生まれたくて生まれたわけではありません。親が勝手に生んだのんで、私たちは生かされています。親として子育ては義務です。動物も遺伝子を残すために、本能的に子育てをします。

 

「私の親は私のために莫大なお金を使ってくれた」という声が聞こえてきますが、これも親が選択したことです。

 

勝手に生んで、勝手に色んなことを押し付けてくる。

こんな親って何様でしょうか。

 

親世代と子供世代(ゆとり世代)の価値観の違い

「親の期待」からの呪縛から解き放たれるためには、もう一つ理解しておくべきことがあります。

親世代と子供世代の価値観は大きく異なります。

 

親世代は、「結婚しない」「子供を産まない」という選択肢はそもそもありませんでした。「結婚と子育ては幸せなこと」だから「結婚すること、子育てすることは普通」でした。

「親の期待」は、親世代の価値観に基づいています。

「親の期待には応えること」と「自分が本当に望んでいること」がピタリと当てはまっていれば良いのですが、親世代と子供世代の価値観は異なるため、ここが重なることはほとんどありません。

 

「親の期待」と自分の「やりたいこと」がズレているなんて、親不孝ではないか・・・と悩んでいる方がいたらそれは誤りです。繰り返しになりますが、親世代と子供世代の価値観は明らかに異なるので、ズレがある方が自然なのです。

 

「違和感」は「巣立ちの合図」

 

人形と違って私たちには、「意志」があります

いくら親から生まれても、親の影響を受けて育っても、「感じ方や考え方」は異なります。別の個体だからです。

 

親も図々しい存在ですよ。

私たちは人形ではないのですから、いつまでも親が言っている通りに行動する必要なんてありません。 

一方で私たちも気を付ける必要があります。親に「理想の親像」を押し付けないことです。成人したのであれば、「ご飯を作ってくれない、家が汚い、もっと教育費を出してもらいたかった。」なんてことを親に言うことは図々しいことです。

 

皆さんは今まで十分に親の期待に応えてきました。

「そんなことない。親がしてくれたことの恩返しが全然できていない」という声が聞こえてきますが、親への恩返しなんて絶対にできません。

自分よりも20歳以上年上。20年近く注いでくれた時間、お金、愛情は返せません。無理です。お金は返せるかもしれませんが、時間と愛情は返しきれません。

 

親への期待は、勉強で応えてきたかもしれませんし、お行儀よく過ごすこと、親の世間話を聞くこと、親が好きな雰囲気の服を着ることで応えてきたのかもしれません。

 

「親の期待」を重く感じたら、一度、全部無視してみましょう。

争いを避けたいのであれば、表面的には親の言うことを聞くふりをして内心無視すれば良いのです。

そうして無視した結果、もしかしたら「親の期待=自分の望み」であると気付けることもありますし、「親の期待≠自分の望み」に気付けることもあります。

 

 「親の期待≠自分の望み」に気付いた際も罪悪感を感じる必要はりません。既に上記で説明した通り、親の期待は図々しいものであり、親世代と子供世代の価値観は異なるものなので、ズレがあることは自然なことだからです。

 

自分の望みを叶えるために親と対立することもあります。「対立」というと「親不孝」に見えますが、決してそんなことはありません。

個として独立できた、立派な大人になれた、ということを証明しているからです。

 

幸せの追求≠自己中

人は幸せを求めて生きています。

ただ、自分「幸せ」「やりたいこと」追求することって何だか自己中な気がしませんか?そんな風に思って過ごしていると死に際に後悔することになります。

 

自分のやりたいことをやらなかったこと

引用元:『死ぬときに後悔すること25 (新潮文庫)」

 

もっと自分らしく生きればよかった
これは、一番よく聞く「後悔」の言葉。人は、人生が終わりに近づいていると悟ったとき、もっと自分らしく生きたかったと考えるようです。いくつもの夢があれど、ほとんどの人は、そのうちの半分も全力を尽くさないままに時間が過ぎ去ってしまうのです。そして、じつはそれが「自分の決断次第だった」ということに気づきます。
健康は人を盲目にします。もう長くは続かない、とわかるそのときまで、自由を見えづらくしてしまうのです。

引用元:看護師が語った、死の直前に誰もが口にする「後悔のことば」

 

何よりも「自分の幸せを追求すること」は自己中と直ぐには結びつきません。幸せの追求のために人を傷つけたりすることは自己中ですが、やりたいと思ったことを行うこと自体は誰にも文句を言われる筋合いは無いのです。

 

親の期待に背くものを望んでいる時、親を裏切った気分になるかもしれません。しかし、それは決して「自分勝手な人間」になったのではなく、成長した結果「個」として独立しようとしている合図なのです。

 

無理に自分を縛る必要は全くありません。

「親の期待は無視しよう、親の期待は図々しいもんだ、自分らしく自由に生きよう」そう思って「自分の人生」をスタートさせてみてはどうでしょうか。

 

(235/365)←365日連続ブログ更新の記録更新中

【カフェ】おしゃれで可愛いユトレヒトのカフェ「Barbeton」で人間観察。これがオランダ流「カフェの楽しみ方」

訪問日:2016年1月9日(土)

ユトレヒトにある「Barbeton」というカフェに行ったときのレポです。

営業時間:月~土 8:00~18:00 日 11:00~18:00
アクセス:ドムタワー、ドム教会の直ぐ近くにあるので観光後の休憩場所にピッタリ。

 

BAR BETONはオランダに4か所あります。参考:Bar Betonオランダ語のみ)

 

お店の雰囲気が分かるイメージビデオ。オシャンティー。

 

友達と一緒に10時半頃から利用。友達は真剣に資料を読んでいたので、私は完全に放置されていました。おかげでカフェ内を物色したり、店内の人を観察できたので、その時の様子を書いていきます。


友達に放置されたことにショックを受けて呆然としていたところ、ばあちゃんが一人で来店。私が座っていた8人掛けテーブルの一つ隣の席に座りました。
「やっほー」って感じで笑顔を向けたら、なんとウィンクで返された!思わず惚れそうになりました(笑)

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地下1階の様子。私が利用したのは1階でしたが、カフェで「まったり過ごす人」を撮るのが申し訳ない気持ちになったので写真はありません。

 

その後、お兄さん2人が来店。そのうち一人がおばあちゃんととても親しげに話していました。オランダ語ではなく英語だったので、お兄さん2人は外国人だったのでしょうか。それともおばあちゃんが外国人!?・・・「やあ、とても久しぶりだね。元気?」みたいな会話を交わしてました。

カフェで挨拶する人がいるなんて素敵だな~と思いながらマフィンとミントティーを堪能。(ミントティー€2.7、マフィン€2.2)

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マフィン美味い!

 

この日の日記に「お兄さん2人はゲイっぽい」と書いていますが、特に根拠は無い。「朝から男2人でカフェに来るなんてゲイっぽい。何よりもイケメンだ」という偏見です。事実はともかく、偏見クソ野郎の自分を反省しました。

 

8人掛けのテーブルは、気付けば4~5名の女性集団(推定30代前半)が占領。皆でおしゃべりをするのかと思いきや、テーブルの上でボードゲームを始めました。

まさかのボードゲーム(笑)

何のゲームかは分からなかったですが、カードを引いてガッツポーズをしながら喜んでいました。
友達と集まってこうして過ごす時間。推定30代前半の女性たちがボードゲームを思いっきり楽しんでいる。

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1階のカフェの壁紙(ユトレヒトの地図)

 

オランダで過ごした2週間、日本とは異なる「時間の流れ方」を感じました。日本よりも「ゆっくり」ではなく「ゆとりを持って」生活。

焦らない。

急がない。

「普通のこと」を楽しむ風土があるように見えました。

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店内のポスターですらオシャレに見えてくる(海外素敵病)

 

同じ時間帯に、小さい子連れの家族が2グループ来店。お父さん1人と子供2人、お父さんお母さんと子供2人。日本では「カフェ」と言えば友達やカップル、1人でMacブックカチャカチャ野郎たちがあふれている印象なので、土曜日のブランチをカフェで過ごす家族の姿が新鮮だった。

 

こんな風に周りを観察していたら、あっと言う間に12時。お昼の時間。

 

「旅行中にカフェでゆっくり」

旅行中、友達に放置されてしまった時には、カフェで人間観察するのも楽しいものです。

  

旅行では、どうしても観光地巡りに必死になりがち。こうして現地のカフェに座ってじっくり「ぼー」っと周りを見ているだけでその国を感じることができる。

これは新しい観光の形かもしれない。(適当)

 

(233/365)←365日連続ブログ更新の記録更新中

【あらすじ・感想】映画「リトルダンサー」は実話?ビリーもゲイなのか?(監督が語る)アダムクーパーも出演

リトル・ダンサー [DVD]

リトル・ダンサー [DVD]

 

2000年に製作されたイギリスの映画。

リアルな描写に思わず「実話?」と思ってしまいますが、実話ではありません。

 

中学生ぐらいの時に見た時は「なんだこの映画。何が良いの」と全く理解できなかったが、26歳になって見返したらとても素晴らしい作品だと気付いたので、あらすじと感想を書いていく。

 

あらすじ

1984年。イングランド北部・ダーラムの炭鉱町エヴァリントンに住むビリー・エリオットは、炭鉱夫である父と兄のトニー、そして軽度の認知症を患う祖母と一緒に暮らしている。母はビリーが幼い頃に亡くなっていた。当時のイギリスは炭鉱不況の真っ只中で、父とトニーはストライキ(en)に参加していた。父はボクシングの熱烈なファンであり、近所のジムにビリーを通わせている。しかしビリー自身は、殴り合うというボクシングの特性に馴染むことができなかった。
そんなある日、ボクシング・ジムの隅でバレエ教室が開かれることになった。もともと音楽が好きであったビリーは、音楽に合わせて優雅に踊るバレエに魅せられ、密かに教室に参加しコーチであるウィルキンソン夫人の指導を仰ぐ。ウィルキンソン夫人はビリーにバレエの才能を見いだし、ビリーも上達していく。
しかし、内緒のバレエ教室通いを知った父は激怒し、親子には亀裂が走る。ビリーから亡き母の手紙を見せられたウィルキンソン夫人は、彼女を偲ぶ。ストは長引き過激化し、リーダー格の兄トニーは警察に逮捕される。ウィルキンソン夫人はビリーにオーディションを受けさせようとするが、家族の苦境を目の当たりにしたビリーはそれに従うことができない。ビリーの才能を訴えるウィルキンソン夫人に対し、父は「ビリーをあんたの暇つぶしのおもちゃにするな」と言い放つ。
クリスマス、亡き妻の思い出から逃れようと形見のピアノを燃やす父。閉塞感に満ちた空気の中、外に出たビリーは無心に踊る。父はその姿に才能を確信し、ビリーの望みを叶えることを決意する。翌日、父はスト破りの列に加わる。トニーは激怒するものの、事情を知った炭鉱仲間がカンパをし、ビリーはロンドンのロイヤル・バレエ学校を受験することができる。
14年後、父とトニーが駆け付けた大劇場で、ビリーが「白鳥の湖」を踊る。

引用元:リトル・ダンサー - Wikipedia 

 

3回泣いた。主人公ビリー、家族、友達、バレエの先生の苦しみ、もがき、希望にかける思いを感じて。

 

ジェンダーフリー」の概念が広まった現在でさえ「男のくせに」というフレーズが使われる。1980年代に生きたビリーは「男の子なのに」クラシックバレーに興味を持った。親に変人扱いされることを恐れながらも「自分の好きなこと」に没頭する。

クラシックバレーの本をパクったり、風呂場の鏡で何度もターンの練習をしたり。ビリーがダンスに没頭している様子は「好きな人が気になって気になって仕方ない、頭から離れない。誰かを真っ直ぐに思い続けている姿」と重なった。

 

金持ちになりたいからダンサーになりたいわけではない。有名になりたいからダンサーになりたいわけでもない。ただ、ただ「好き」という強い気持ちから体が動く。情熱に突き動かされたダンスへのひた向きな姿に涙が出てきた。

 

ビリーがダンスに没頭することを拒むのは、当時のジェンダー観に加えて家庭の貧しさ、家族との価値観の不一致もあった。母を早くに亡くして父子家庭。認知症の祖母の面倒に、不景気。ストライキに参加する父と兄。ビリーのボクシングのグローブはおじいちゃんからのおさがり。バレエ学校に通うなんて夢のまた夢。兄がストライキの主犯格として逮捕される中、精神的にもバレエの練習に集中できる環境が整っていたわけではない。

亡くなったお母さんが残してくれた「18歳のビリーに向けて書かれた手紙」は早々に読んでいた。寂しさや不満を抱えながらも親に反抗してグレるわけでもない。認知症のおばあちゃんの面倒もきちんと見て、家族の重荷にならないように、自分ができることはしている。幼いながらも色んなことをコントロールしていたビリーにとって、不満や不安、寂しさもダンスをしている時だけは忘れられたのかもしれない。

 

ビリーにはマイケルという友達がいた。マイケルはビリーの頭を授業中に叩くが、ビリーは全く怒らない。マイケルにゲイであることを打ち明けられても距離を置くわけでもない。「ゲイ」「バレエダンサーを目指す」一見、共通点が分からないが、「街の価値観に反するマイノリティ」という意味では、分かり合える部分があったのかもしれない。

 

ビリーは「男でバレーが好きだからといってみんなゲイなわけではない」と何度も否定するが、映画を見ていると「ビリーもゲイなのでは?」と思うシーンがいくつかある。

・女装しているマイケルを拒絶しない

・凍えた手をお腹で温めてくるマイケルを拒絶しない

・バレーの先生の娘デビーとベッドでじゃれ合ってキスしそうな距離になってもキスしない

・デビーに「私のあそこ見る?」と聞かれても「いいや」と軽くあしらう

 

ビリーのゲイ疑惑について、映画『リトルダンサー』の監督スティーブン・ダルドリーは「解釈は人それぞれ。解釈したいようにすれば良い」と述べている。

“I think everyone’s different,” Daldry responded. “People can interpret it any way they want.” 

参考:Is Billy Elliot Gay? Is Liza Admitting To Marrying Them? | Village Voice

明言してないなんて・・・ちなみにスティーブン監督自信はバイセクシャルを公言していて男性と長い間同棲しているみたいです。

 

ちなみに私の解釈は「ビリーはゲイではない(でもバイセクシャルかも?)」。

映画の最後「白鳥の湖」の主人公としてビリーが舞台に立つシーンがある。父と兄が劇場の招待されて着席。隣の席には女性の格好をしたマイケルが座っている。マイケルの隣には彼氏らしき人。

ビリーの父・兄の席とマイケルの席が偶然隣になることはあり得ない。マイケルもビリーに招待されて劇を観に来たのではないかと仮定した時、ビリーがゲイであればマイケルと恋仲になってもおかしくない。マイケルがビリーに好意を寄せていたことは明らかだし、ビリーもマイケルを受け入れていたからだ。しかし、マイケルと連絡を取り合って、招待する仲にも関わらず、マイケルに別の彼氏がいるところから、ビリーはゲイでは無いと解釈した。

思春期にも関わらず、ビリーがデビーに全く関心を抱かなかったのは、既に「ダンスに恋していた」から。ゲイであるマイケルに嫌悪感を示さなかったのは「自分と違うこと」を受け入れる素養があり「社会の価値観と反していてもどうしても好きになってしまう気持ち」を理解できたからではないかと思っている。

 

葛藤や不安の中でもひた向きに好きなものを見つめ続ける。お金や名声などに関係なく、好きなものに没頭する姿は心打たれるものがある。

 

自分の好きなものに気付いている人はどれだけいるだろうか。

「お金を稼ぐために仕事に時間を捧げる。趣味に費やす暇は無い。」という現実を受け入れつつも現実的なことは一旦忘れて「熱中できるもの」と出会う。

嫌なことや不安を全て忘れさせてくれるもの。ストレスや嫌なことを忘れるための「現実逃避」とは異なる。

好きで好きで仕方ないもの。周りの理解なんて要らない。「社会で価値あるもの」かどうかも関係ない。そんなものに出会えた時、毎日が楽しくなる。

 

「夢を持とう、好きなことを見つけよう」と背中を押してくれる、幸せな人生を送るための勇気をくれる映画だった。 

 

(231/365)←365日連続ブログ更新の記録更新中

 

【オランダ・アムステルダム】アンネの家を訪問した感想。待ち時間、開館時間は?予約可能?

訪問日:2016年1月8日(金)

 

開館時間:9時

入場料 :大人(18歳以上)€9、10歳以上17歳以下10-17 €4,50、9歳以下は無料 

(詳細)The Anne Frank House: Opening hours, prices, location

予 約 :可能 (詳細)アンネフランクの家の予約方法を画像付きで徹底解説!

以下、アンネの家を訪問した時のレポート、感想です。

 

5時50分起床、アンネの家に行くために飛び切りの早起きをした。以前、夕方頃にふらっと訪れた時は3時間待ちの行列ができていたため入場を断念。今回はリベンジだった。

 

8時4分、予定通りに「アンネの家」に到着

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朝の早起きでテンションは低かったが、早く列に並べたのでテンションアゲアゲ。前から4番目だった。

1月、朝8時過ぎのアムステルダムはとてつもなく寒かった。運よく近くでカフェを見つけたので、紅茶を飲みながら並んでいたら体が温まった。

 

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途中で配布されたアンネの家のパンフレットを読んでいるうちに9時になった。時間はあっという間に過ぎた。いよいよアンネの家へ。

 

<館内は撮影禁止のため、写真はありません。>


アンネの日記の一節を引用しながら当時の様子を振り返り、様々な部屋へと進んでいく。
いよいよ、本棚の奥の隠し階段を上がり、隠れ家となっていたスペースへ入った。

想像していたよりもずっと広く、トイレ、台所もあり、生活できそうだと感じた。
しかしながら、窓は開けてはいけず、大声で話してはならない。2年近くもこんなスペースで住んでいたなんて相当ストレスだったに違いない。

館内を回りながら、60年以上前にアンネがここで暮らし、捕まったことを想像した。自分が窓から見ている景色と同じ様な景色をアンネも見ていたというのは、実に不思議だった。

 

アンネが特別だったかというと「普通」だったと思う。わがままな部分もある、恋もする、喧嘩もする。いたって普通の人だった。アンネの日記からアンネは「普通」に「希望を持って、夢を持って生きていた」ことが分かる。だけど、このような志を持っている人たち、多くの普通の人たちの人生を戦争などで壊す世界は嫌だと強く感じた。

私もいたって「普通」の人間なので、有事の事態には、真っ先に乱雑に扱われる。

 

アンネは特別ではない、普通の人だ。

小学生の頃は、『アンネの日記』を途中まで読んでやめたが、今となってこの日記の重要さを思い知った。普通の人であっても記録を残すこと、自分自身であり続けることで、後世の人に影響力を及ぼすことができる。

アンネの日記』があったからこそ、私は60年前の出来事に意識を傾けることができるし、アンネが普通だったからこそ、戦争という大きな問題を身近に感じることができる。ただの過ぎ去った問題としてではなく、リアルな自分の問題として考えることができる。

 

アンネの家に行ったことで、第二次世界大戦や戦争のことはもちろん考えさせられた。
普通であること、普通に過ごせる環境をいかに守るか。自分らしくあり続けること、記録を続けることの意味についても考える機会となった。

 

アンネの家に行ったからといって、劇的に考えが変わるわけではない。すごく良い感想をブログに書けるようになるわけでもない。ただ、第2次世界大戦についての感じ方が少し変わる。もっと自分事として考えることができるようになる。

実物に触れることの意味とはこういうことなんだ。

 

(230/365)←365日連続ブログ更新の記録更新中

【撮影禁止】ゴッホ美術館に行ってきた。アムステルダム国立美術館よちもゴッホ美術館がお勧め。

ゴッホ美術館<訪問日:2016年1月6日(水)>

 

ゴッホピカソ)より 普通 に  ラッ・セン・が・好き!」(脳内再生されました?w)

 

オランダ アムステルダムにある「ゴッホ美術館」に行ってきた時のレポです。私は、ゴッホに興味が無かったのですが、せっかくのオランダ滞在だったので行ってきました。結論として、大満足でした。長く見積もって2時間ぐらいの滞在を見込んでいましたが、時間が足りなかった!アムステルダム国立美術館よりも満足度が高かったです。ゴッホ美術館が良かった理由は最後に詳しく書きます。

 

ゴッホ美術館までは、Amsterdam Zuid駅からトラムに乗りました!

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駅からトラム乗り場までは、人が歩いていく方へ付いて行ったら着いた(笑)

 

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「5 Centraal Station」と書かれたトラムで美術館へGO!

 

ゴッホ美術館」に到着!こちらでも「ミュージアムカード」を使用して入場したので、入場料は不要でした。

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薄暗いのは、朝9:30のため日が出ていないのと靄がかかっていたため。

ゴッホ美術館は人気のため、昼頃には入場規制がされるという噂を聞いていたので朝一で入場しました。9:30であれば全く混んでいなかったので、超快適に見学が可能。

 

こちらが入場規制された場合の待機場所・・・こんなに人が並ぶということですね。「オランダで一番並ぶ場所」として、「アンネの家」といい勝負です。f:id:ujin11:20170815175139j:plain

 

12:30の様子。既に並び始めていました。

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館内の絵は写真撮影禁止だったので、雰囲気が伝わる写真をお届け。

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訪問した時はタイミングよくゴッホムンクの特別展をしていました。

 

建物入り口

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エントランスに入ると、ゴッホの自画像がお出迎え

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フリーWi-Fiの画面までゴッホの絵

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ゴッホ美術館に見学に来ていた子供たち。子供向けのガイドが頑張っていたので思わず撮影してしまいました・・・

 

美術館を巡る際は、音声ガイドを借りました

音声ガイドは絶対に借りた方がいいです。€5ぐらいしますが、絶対に借りた方がいい。

ゴッホ美術館が良かった点は、一人の画家に焦点を当てた美術館なので、展示を見ながら「ゴッホの人生」を理解できますし、ゴッホの「生活の変化」と「作風の変化」が影響しあっていることが分かり易かったです。

 

音声ガイドのおかげで、ドキュメンタリー映画の中に入った気分になりました。ゴッホが絵をかきながら考えていたこと、悩んでいたことを聞きながら「本物の絵」を見れるのです。 「この部分は、そうかこう考えていたんだ」と素人でも理解できました。

素晴らしい絵がたくさんあった上に、初期の作品、ベルギー美術学校での作品、パリへで前衛的な絵と触れた後の作品、「ゴッホらしい作品」が完成するまでの流れが分かったことも良かったです。

世界中でこんなに賞賛されている偉人もしょうもない作品を描いていた時代があったことも分かりますし、乏しい人間関係で周りから変人扱いされていたこと、作品が周りから全く認められていなかったこと、弟との関係なども知り、単なる絵画鑑賞以上に得るものがありました。

 

もしも、アムステルダム国立美術館ゴッホ美術館、どちらに行こうか迷っている方がいたら私は絶対に「ゴッホ美術館」をお勧めします。アムステルダム国立美術館については「I amsterdam」のオブジェの前で写真を撮れば十分です。『夜警』がどうしても見たいのであれば、仕方ないですが。

 

(どれだけゴッホ美術館に魅せられたんだよ)

 

(228/365)←365日連続ブログ更新の記録更新中

【27歳からお先真っ暗】ブログを始めた理由が分かった。「人生は常に上り坂!」を証明したい

2016年12月末、27歳を目前に漠然とした不安が押し寄せていた。
26歳まで全く気にならなかったのに、27歳になることを想像したら30歳の自分は何をしているんだろうと急に不安になった。
 
「27歳」と言われて思い浮かべたこと
第二新卒で転職できる可能性が無くなった
・恋人いない、結婚する気もない(社会的に不要な存在?)
・未だに実家暮らし
・職場で「強み」は無い
・就職先は斜陽産業、職場の付き合いが嫌い
・友達付き合いも苦手、1人が好きだけど孤独も感じる
・院卒でも無いのに26歳・社会人3年目
・趣味も「ドラマ・映画鑑賞」とパッとしない
 
イイトコ無しやんけ!
このまま順調に歳を重ねたらイイトコ無しの30歳そんなの嫌だ!でもどうすれば良いんだろう。周りの大人は日々呪いをかけてくる。「30歳を超えると体力は落ちてくる」「考える力も落ちてくる」と。
お先真っ暗!!!いつ潰れるか分からない組織の「ぶら下がり人材」にもなりたくない。今更、能力開発とかできるの!?勉強しても意味なくない?
 
何かしなきゃ。
何かしたい。
でも何をすれば良いんだろう。
 
「とりあえず何かしなければ」そんな思いが積もって始めたのがブログ。
ブログのサブタイトルは「毎日ブログを書けば文章力が上がるのか検証中」。いかにも「向上心に溢れたくそ野郎」みたいな雰囲気を醸し出しているが、今となってみれば一種の強迫観念のようなものに駆られた末の行動だったし、こんなサブタイトルは単なるこじつけ
 
大学生の時は、就職すれば仕事一本の人生だと思っていた。「仕事」という列車に乗って、仕事だけ頑張っていれば順風満帆だと思っていた。 でも違う。就職してからも人生には選択肢が沢山ある。
「仕事一本の人生」「仕事とプライベートを充実させる」「プライベートでは何をするのか」「職場ではどんな立ち振る舞いをするのか」などなど
学生の時と比べて自由な時間は減ったかもしれないが、限られた時間の中でも自分の人生を選択しないと「つまらない人生」になることに気付いた。
 
30歳になるまでどんな人でいたいか
・職場で強みを持っている
・職場とは別の場所でお金を稼ぐ
・自分が好きなことをとことん楽しむ
 
社会人となって自由に使えるお金が増えた分、実行しやすくなった。更に最近は、自分の心の声をよく聞くようにした。ブログを書いているうちに、心の声が聞こえやすくなった。
本当は何がしたいのか。親の期待や職場の期待、全てを無視して本当にしたいことは何か。
 
世の中の役に立つかどうかもどうでも良い。自分が心地良いことをする。こんな声が聞こえてきた。なんて自分勝手な心の声なんだろうかと思う一方で私に欠けていたのは「自分勝手」であることに気付いた。失われていた自分勝手さを取り戻そうと決意。自分勝手に生きてこそ楽しいはず。(もちろん犯罪を犯したり、誰かを傷つけたりする自分勝手さではない)
 
支離滅裂な上に特に結論は無い。
ブログを始めてよかった。自分がやりたいことを言えるようになって良かった。年齢なんて関係ない。遅すぎるということもない。やりたいと思ったことをその時から始めればいい。周りの話に耳を傾ける必要もない。勉強したければ30歳だろうが40歳だろうが関係ない。恋愛もアラサー目前からはじめても良いじゃないか。何を選択するかは自分で決められる。
 
 
とりあえず毎日が楽しい。
 

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